交響曲第一番 HIROSHIMA


全然書いてなかったのですが、先月期(7月16日~8月15日)の間に、
実は4回コンサートにいきました。
本部大河・・? 
本舞台が終わったら書こうと思ってたのですが、終わったら終わったで、
また踊りのことにフォーカスしてしまい、書いてませんでした。すみません。


演奏会が8月14日(土)
京都コンサートホール大ホールにて

京都市交響楽団の演奏でした。

佐村河内 守 作曲




佐村河内守


1963年、被爆2世として広島に生まれる。幼少よりピアノ、ヴァイオリン、尺八、マリンバなどを習い、10歳の頃より作曲家を志すも、破滅的なまでの完ぺき主義とロマン派クラシック音楽志向から、音大に進まず独学による作曲法の完全習得を決意する。
高校時代より凄まじい偏頭痛を患うようになり、生活に支障をきたしながら東京へと居を移して研鑽を重ねる。ある経緯から一時ロック歌手としてデビューすることが決まるが、直前に弟・亨が交通事故に巻き込まれて死去。悲報を聞き「頭に、身も心も引き裂くような不協和音が響いた。」というその衝撃を契機に偏頭痛の発作が悪化し、遂には聴力にまで影響を及ぼし始める。その頃から、不協和音を使った現代音楽的要素が作品に入る。耳の不自由な作曲家という話題性が作品の評価に影響することを嫌い、補聴器の使用を隠すために長髪にするなど、しばらくは聴力の低下を隠した生活が続く中、映画「秋桜」ゲーム「バイオハザード」等の音楽を手掛ける。聴覚障害は悪化の一途を辿り、1998年、35歳の時、ゲーム「鬼武者」の音楽を執筆前、完全に聴力を失い全聾となる。

(中略)

精神障害の緩和治療を受けながら、発作を誘発する日光を避けて暗い作曲部屋での隠遁者的な創作活動に邁進する。2008年9月1日、完成後5年以上日の目を見なかった大曲「交響曲第一番」が広島でのG8議長サミット記念コンサートにて抜粋版として初演される。その模様が「筑紫哲也のNEWS23」において取り上げられたことを機に佐村河内の存在と楽曲は再度衆目を集めることになった。
作家の五木寛之氏が「もし、現代に天才と呼べる芸術家がいるとすれば、その一人は、間違いなく佐村河内さんだろう。命をすり減らしながら創る音楽は、私の乾いた心を打たずにはおかない」との言葉を寄せている。作曲活動の傍ら日本の各地で障害者や難病の子供たちとの深い交流を続け、自作を聞くことの出来ない宿命を「作曲とは完全に他者の為の行為」と表し、「苦しむ者への救い=光は、苦しみ=闇から産まれる」という新年から自身の音楽を「闇の音」と表現している。



ちょっと長かったんですけど、引用しました。(^^;


チラシを見たときから、気にはなってたのですが、日にちが14日だったので、本舞台前だから・・・ということであっさりあきらめたのでした。
でも、前日の13日に銀行に行ったとき、「女性自身」の「シリーズ人間」という、読むドキュメンタリーのような記事がありまして、それを読んだのです。。(8月10日号)
実は、このシリーズ好きでして。(^^;
この号で取り上げてたのが、佐村河内さんだったんです。
それで、「あー、これはやっぱり、行かないと!」と。


原爆について、色々知らないことありました。


京都が候補地だったことは知ってたのですが、第一候補だったとはしりませんでした。
それも、7月の下旬ぐらいまではまだ第一候補だったのです。
爆心予定地は、京都駅から西へ1キロのところでした。


本当にそんなところに落とされてたのなら、私の父は今、
この世に存在してなかったかもしれません。
私も、今、こうやってPCの前に座ってなかったかも。。。。
父は健在ですが、その代わりに広島、長崎の多くの方々が犠牲になられたわけで。
犠牲になってくださった方がいらっしゃるから、今、わたしはこの場にいるのです。


まずこれにショックを受けて、演奏が始まる前から涙が出た。
京都生まれの京都育ちの私にとって、あまりに衝撃的な事実でした。
今まで、本当に全然知らなくて。
まさかそんなところに、落とされそうになってたとは・・・・。



重荷を背負わされ、暗く長いトンネルの中を歩いてるようなーーそれこそが「闇」なのですが。
佐村河内さんの闇、と同時に、原爆の闇が長く重く、はてしなく続いていくのですが、最後に一筋の光が見えて、それに救われたのでした。
果てしなくって、こういうことを言うんやなぁ、って。
でも、自分で1歩1歩、歩んでいくしかないのですね。

最後の鐘の音に、泣きました。

そのときは「救われた」と思ったのですが、でも本当はあれで終わりではないですよね?
と、今はそう思う。


闇は続く。。。。。


でも、また歩み続けてたら、また光が見えることもあると思う。
その一筋の光を見たいのなら、闇を知り、少しづつでも進んでいくしかないのでは?




最後に、


財団法人 広島平和文化センター
理事長  スティーブン・リーパー


・・・・(前略)・・・

平和な世界を目指す運動が一時的な「趣味」であってはいけない。
平和を考える講演会へ出かけ、問題の本質を知り、行動を起こすにはどうするか真剣に考えるべき。
平和文化を進める人たちはのんきで、資金を持っていない。戦争文化を進める人たちは真剣で、お金を持っている。このギャップは大きい。もっと大きな野心を持って平和文化を進め、戦争文化を凌ぐ勢いを創ることが必要だ。
小さなことにも全力を注ぎ、必死の覚悟で取り組めば、それが大きなうねりとなり、平和は実現するはず。




パンフレットから最後のところだけ抜粋させていただきました。




そうか、平和にも野心が必要なのか。。。。





次回は、11月1日 広島国際会議場フェニックスホールにて
          広島交響楽団が演奏されます。




お近くの方は(お近くでなくても)、機会があれば、
コンサート会場に足を運んでくださいね。 

原爆のことを知るためにも。
携わるためにも、きちんと知らなくては。013.gif






今日もきてくれはって、おおきに。023.gif
どうぞ、おしとくれやす。
おおきに。


今日も、アツイですね。(汗)
広島は行ったことあるのですが、長崎はないのです。
行かないとダメですね。



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by akikoj-happy | 2010-08-29 16:05 | 音楽(クラシック)

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