青春

2009年2月6日(金)

シンフォニーホール

大阪センチュリー交響楽団

アラン・ブリバエフ (指揮)
小山実稚恵(ピアノ)

・ムソルグスキー:歌劇「ホヴァンシチナ」より前奏曲 “モスクワ川の夜明け”
・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
・プロコフィエフ:交響曲 第7番 嬰ハ短調 作品131「青春」


昨日は、センチュリー交響楽団の定期演奏会でした。
11月は、体調不良。12月は他のコンサートと重なってしまい久しぶりの定期でした。
とりあえず、チケット完売でおめでとうございます!
定期演奏会というのは、色々な指揮者が登場されますので、新鮮で良いですね、と思わせられた昨日の演奏会でした。
曲のせいもあるのかもしれませんが。

プロコフィエフをこのオケで聞くのは、多分、初めて。新鮮さも手伝ったのか、オケがすごくよく鳴ってたように思いました。あまりこんなこと考えたことないのですが・・・・?
「青春」っていい曲でした。でも、4楽章でいきなり、あんな風になっちゃって・・・・・?と不思議な気持ちで聞いていました。今、プログラムを読み返してみたら、

プロコフィエフが完成させた最後の作品となる<交響曲7番>は、1952(61歳)のソビエト連邦で書かれたということだ。この時代、この国で芸術家たちは、思うままに表現することを決して許されなかった。一度は賞賛された前作の<交響曲6番>がいわゆる「ジダーノフ批判」により「形式主義的である」として糾弾された。つまり、不協和音が「美と優雅さ」を求めるソビエト共産党の方針にそぐわないと判断されたのだ。当時、プロコフィエフは心臓に持病を抱え、脳溢血の発作も起こすほど体調が悪かったが、彼は批判を受け入れて、あくまでも作曲することに執着した。・・・・(中略)・・・・その後、彼は確かに「わかりやすい」音楽を書き続ける。この<交響曲第7番>もその一連の作品群に位置づけられるのだ。「ソビエトの若者とプロコフィエフ自身の青春時代についての交響曲」と伝えられるために「青春」とよばれることもある作品だが、・・・・・・(中略)・・・・・・書き上げられた作品は作曲家同盟で試演、つまり検問されたが、これに同席できなかったプロコフィエフは、友人の作曲家カバレフスキーに心配そうにその様子を尋ねたという。また「音楽が単純すぎなかったか?」とも案じていたそうだ。試演は成功だったが、初演の公開リハーサルでは「曖昧である」との批判が芸術問題委員会から下されて、プロコフィエフは、プロコフィエフは静かに終わるはずだった最終楽章の終結部(コーダ)を盛り上がって華やかに終わるように書き換えている。

と、ありました。 ふうっ。(^^; 少し納得。(?)


でも、聞いてるとやっぱりロシアの人なんだなぁ、と思う箇所あり、なプロコフィエフの「青春」でした。

ちなみに、

4つの楽章で構成される。第1楽章は居心地の悪いほどに甘いテーマで始まり、見事に綴られた音の組み合わせは職人技とでも言えるほどだ。第2楽章ではワルツが夢見るように奏でられ、第3楽章はやさしく独白するゆったりとした音楽。第4楽章は茶目っ気たっぷりで、途中で第1楽章のメロディも回想される。

だそうです。
もう1度、4楽章だけ聞いてみたいです。(^-^)

アラン・ブリバエフさん 小山実稚恵さん、そしてセンチュリーの皆様、素敵な演奏をありがとうございました。また来月、楽しみにしています。
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by akikoj-happy | 2009-02-07 11:18 | 音楽(クラシック) | Comments(0)

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